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サイト管理人 2017-04-30 22:11

武道とは何でしょうか?
ブリタニカ国際大百科事典には、こう解説されています。
「狩猟技術や戦闘技術から発達してきた武術は,神事,礼儀,呪術など農耕生活や信仰生活の行事と密接な関係をもって発展し,のちには神道,儒教,仏教の影響下に,技法のみならず心法の極地を求めるものとなった。この精神と技術を一体と考え,修練を重視する武術を,尚武的気風の高まってきた明治末期に武道として受入れていった。・・・」
また、世界大百科事典には、以下のような記述があります。
「〈武道〉には,歴史的に〈武士道〉という倫理思想的な意味もあり,その意味では,茶道,華道,書道などと同様,日本の伝統的な文化として概念づけることができる。」
すなわち武道とは、「技法のみならず心法の極地を求めるもの」であり、文武両道の鍛錬を欠かさず、自分の命を賭してでも徹底責任をとるという、武士の考え方、また日本独自の思想を反映したものであると言えるかと思います。
武道が一般的なスポーツと異なるところは、精神修養や人間形成の道として位置づけられ、日本文化に深く根ざしているところです。
しかし、武道に対しては誤解が多いのも事実です。剣道における代表的なものは、「剣道は竹刀で相手を叩く野蛮なもの」とか、「人を刃物で殺すため方法を習うもの」、「戦争のための兵法」などといったものです。正直、こういった話を聞くと、むしろ悲しさよりも何も知らない人への哀れみを感じてしまいます。
剣の操法を学ぶためには相手が必要であり、相手を実際に打突することで自分の技の善し悪しや自分の技量を確認し、上達していきます。従い、本来は「相手を叩く」のではなく「叩かせてもらっている」わけで、双方合意の上で鍛錬のために行っていることです。
ましてや剣道は人を刃物で殺す方法を習うためのものでも、戦争のための兵法でもありません。剣術/剣道では「刀は磨いて鞘(さや)の中」と言われるように、刀を抜かず、お互いに傷つかないことが究極の姿と考えており、高段位の昇段審査にもそれが現れています。
そもそも現代剣道の根幹となっている竹刀稽古は、相手を一撃で仕留めるためのものではなく、相手を威圧したり最低限傷つけたりけることで、戦闘能力や気を奪うための剣の理法、操法を学ぶためのものであり、相手も活かして自分も活きるため方法、即ち「活人剣」という考え方を根源に持っています。
当然、強ければ良いといった勝利至上主義の考え方はこの精神に背いており、剣道をたしなむ者全員が厳に慎まなければならないものです。

武道は、日本の伝統的な文化や、多くの日本人が連綿と受け継いでいる倫理観、道徳観と密接な関係があります。武道を習えばそれらが身につくというような短絡的な話ではありませんが、少なくとも正しい理解には役立つと思います。

我々教える側も、剣道という武道を通じて、日本人としての心の在り方をさらに学び、深めていきたいものです。

サイト管理人 2017-02-19 23:19

現代社会は、先人たちから築いた文化を礎として、それを連綿と受け継ぎながら発展させた結果と言えます。

日本は世界の中でも伝統文化や価値ある遺産が多い国であることは、皆さんもご承知の通りだと思います。このことは、我々日本人が胸を張って世界に誇れるものです。

世界最古の木造建築である法隆寺をはじめ、奈良、京都の神社仏閣のような、世界的に非常に価値がある文化遺産もありますし、屋久島や白神山地のように手付かずで残った自然遺産もあります。白川郷のような、昔の人の生活が偲ばれるような地域も数多く残っています。

企業の寿命が長いことも日本の特徴で、創業200年以上の会社が数多くあります。世界最古の会社と言われる大阪の金剛組はなんと西暦578年、飛鳥時代の設立です。

日本にこのような古いものが多く残っているのは、日本が万世一系の天皇の下で政(まつりごと)を行ってきたことと密接に関係しているようです。

奈良、平安時代を経て武士の時代になったとき、源頼朝は征夷大将軍という地位で天皇の下で統治をしましたし、以降足利氏も徳川氏も同様に征夷大将軍として国を治めました。つまり、日本においては、実権があったか否かは別として、ずっと天皇家が君主として存在し、それまでの国が滅び、新しい国が建ち、従来のものを否定するといったことが有史以来一度も行われてきませんでした。

対して中国や朝鮮半島では儒教思想に基づく「易姓革命」が何度か起こっています。それまでの国が滅び新しい国が建つ際に、新しい国が統治強化のために従来の価値観や文化を否定して破壊したことで、多くの文化や文化財が失われたと言われます。
私は歴史学者ではありませんのであまり詳しいことを論じることはできませんが、この日本特有の国の成り立ちが、この国の伝統や文化を支えているのだと思います。

武道の世界でも同様です。遡れば平安末期にその起源を見ることができ、それが1000年もの歳月の中で発展し、現在の姿になっています。

伝統文化の中には現在の価値観に合わないものも存在するでしょうし、鬱陶しいと思うものもあるかもしれません。しかし、文化は非常に長い時間をかけて、多くの人の手によって育まれ、守られてきた尊いものです。ただ表面だけを見て判断したり、安易に古臭いと否定したりするのでなく、なぜそうなったのかということを歴史背景とともに考えていき、それを発展させていく。それこそが重要なことなのだと私は思います。

私自身、まだまだ勉強不足で、日本の文化や伝統について知らないことがたくさんあります。これからも時間がある限り、もっともっと学んでいきたいと思います。

サイト管理人 2016-12-23 17:55

つい先日、私の家で新たに犬を飼い始めました。

数年前、それまで飼っていた犬が病気のため7歳という若さで亡くなり、ひときわ悲しく辛い思いをしたため、「また飼いたい」と言う者がいなかったのですが、たまたま立ち寄ったホームセンターにいた仔犬が前に飼っていた子によく似ており、当家の最高司令官(かみさんですが)が飼おうと言い出しまして・・・。私もそれとなく背中を押していたので、まあどちらが言い出しっぺという話ではないのですが。

しかし、まだ4ヶ月に満たない仔犬ですから、躾が大変です。リビングにはパネル式のカーペット(先代の犬のとき、そそうをしても柔軟に対応できるようにとその仕様にしました)を敷いてあるのですが、わずか1日で6枚ほどおしっこの餌食となりました。これはさすがにいかんと、主要なところのパネルを剥がして、バリバリの臨戦態勢になってきております。いたずらも半端なくしますので、柵の外に出しているときは、目が離せません。

こうなると、年末の大掃除などという話ではなくなり、この仔犬の対応優先の状態でこのまま新年を迎えることになりそうです。

もっとも12月は例年以上に気ぜわしくしていたため、身の回りのことになかなか手が回っていませんでした。ですので、仔犬の話は絶好の言い訳くらいの話なのですけどね。

今このブログを書いている横で、仔犬がうらめしそうに私の顔を見て、「遊んでよ~」と訴えております。いやいや、キミのことにかまっていると何もできないので、もう少し我慢していなさいね・・・などと言っても、まだ解るわけないか。

この子も、いろいろな思い出を作ってくれると思います。家族の一員として、どんなときも一緒にいて、元気づけたり癒やしたりする存在になるのだろうと思います。

犬の寿命は人間よりもはるかに短く、おそらくまた最後を看取ることになるのでしょう。それでも一期一会、その瞬間は二度と繰り返されることのない、一生に一度のことです。この子とのひとときを大事にしながら、良いパートナーになれたらと思います。

サイト管理人 2016-10-21 01:26

最近特に都市部では、人間関係が希薄になり、隣に住んでいる人のことすらあまり知らないということがよくあります。

日本人は農耕系民族ですから、長く集団での「一所懸命」が基本でした。それゆえでしょうか、長く良好な関係で居続けるために人の和を大切にし、些細なことでは争わず、人に迷惑をかけないということを小さい頃からしっかりと教わったものです。

これが日本人の気質の根本にあるのは間違いないのですが、現在はこういった昔ながらの考え方も少しずつ変化しています。多種多様な職業に就き、住居と職場が離れているのがむしろ多数派です。生活サイクルも様々ですから、顔を合わせる機会が全くないということも珍しくないでしょう。

このような顔も知らない人とは、挨拶をしない関係になりがちです。

私は、日本は他国と比べても挨拶をしない方なのでは?と思っています。

実際米国へ行ってみると、アメリカ人は日本人以上に挨拶していることに驚きます。目が合った人の多くが、笑みを浮かべながら「Hai ! (ハイ)」と声をかけてくれます。まったく見ず知らずの我々に、フレンドリーな感じで声をかけてくれるのです。

「アメリカ人は陽気だから…」という人もいますが、実はそれだけではないようです。彼らが挨拶を交わすのには、「私はあなたの敵ではありませんよ。危害を加えませんよ。」という意味もあるとのこと。つまり挨拶は自衛手段であると同時に、相手が警戒するべき人かを判断するための手段、というわけです。

しかし、理由はどうあれ、挨拶をして相手との距離を縮めようとしていること自体は見習うべきことです。

元々挨拶は、禅宗の修行で問答を交わして相手の悟りの深浅を試みる「一挨一拶(いちあいいつさつ)」からきたものですが、挨拶を交わすということは、相手を知るための基本ということです。

挨拶を疎かにしてしまっては、人との関係は成り立ちません。金田先生も常々仰っていますが、まずは大きな声で挨拶をすることが何よりも大事です。
当剣友会ではこのことをこれからもしっかり教え、よりよい関係の下で稽古に励みたいと考えています。

サイト管理人 2016-08-28 02:19

今年の夏休みも残すところあと数日となりました。

こどもたちはみな、しっかり夏休みの宿題も終わって、あとは新学期を迎えるだけになっていることと思います。

私の娘と息子が小学生の頃は、この時期は自由研究の追い込みで、研究ノートのチェックやら写真の印刷やらに駆り出され、それなりに働きました。そういった点では夏休みは親にとっても試練の季節と言えます。

親にとっての試練といえば、子供の躾。社会に出たときに、子供たちが十分にやっていけるようにしっかり知恵をつけさせたり、礼儀作法や立ち居振る舞いを教えたりするのは、親の義務です。昔から「子は親を映す鏡」と言われるように、こどもを見れば親がどのくらいしっかしているかもわかるものです。

2週間ほど前の、8月10日の産経新聞オンラインに、『ひも結べない、箸使えない・・・園児の「生きる力」生活技能が低下』といった記事が掲載されていました(ご興味がある方は、こちらでご確認ください)。
その記事によると、幼稚園児で「身についていない」と感じていることのトップがひも結びで、7割以上の保護者、教員がそう感じているとのこと。また、箸の使い方が2位(保護者の約4割、教員の7割弱)となっていました。
記事の中では「現代では子供が手先を使う経験が減ったことで、技能低下が起きた」という指摘をし、どうすれば良いかに言及していました。

なるほど、確かにそういった側面もあるでしょう。しかし、私はちょっと違うと考えています。本当の原因は親の技能低下ではないでしょうか。特に上記に挙げた「箸を正しく持って・・・」に対する保護者と教員の感じ方の違いに、それが如実に表れているように思えてなりません。
もし同じ基準で見ていれば、感じ方にこれほど大きな差は出ないはずです。親がきちんと箸を持てていないため、こどもができていないにも関わらず「できている」と甘い評価をしているのではないかと、私は思います。
実際剣道の合宿などで、お母さんやこどもたちと一緒に食事をする機会に箸の使い方を見ていると、うまく使えていないこどものお母さんは、だいたい同じように下手です(失礼な話をしてすみませんが・・・)。それでは正しく教えられるわけがありません。稽古事などでよく言われる「下手に習うと下手が感染(うつ)る」というのと同じです。

ひとつご両親へのアドバイスをしますと、箸の使い方は絶対に放っておいてはいけません。こどもたちが成人し社会人になると、かなり恥をかき、就職等にも影響しかねないからです。

最近の新入社員の採用では、懇親会のようなところで人柄を見極めるといったことをする会社もあります。私も長年採用面接官を務めましたが、こういった場面で私が最もよく見ていたのが箸の使い方です。食事は最もその人の本性が出る場面で、特に箸の使い方は、どのような教育を受けてきたか、親御さんはどのような人なのかを示す絶好のバロメータになります。
いくら親ができていても、こどもの悪癖を矯正できなかったとすれば、甘やかされて育ったということですし、親ができていなかったことが原因とすれば、親もあまりいい躾をされてこなかった人で、こどももそれを受け継いでいる、ということになります。いずれにせよ、いい印象を与るはずはなく、マイナス評価になります。

箸の使い方がうまくない親御さんはぜひ早めに矯正し、こどもたちにも正しい箸使いができるように指導してください。箸が上手に使えるようになると、ひも結びも上達し、字もきれいになるはずです。なにせ、指の使い方は同じですから。

箸の使い方が下手な親御さんにとっては、これが残された夏休みの宿題ってとこですかね?

サイト管理人 2016-07-16 21:42

最近、テレビ番組やCMなどで剣道のシーンを見かけることが、以前に比べ多くなったように思います。
大概「おおっ」と見入るのですが、その度に「はやり剣道は格好がいいなぁ」と感じます。

自分が剣道をしているからというのもあるでしょうが、他のスポーツとは明らかに異なるところがあるからこそ、そう感じるのだと思います。

まず立ち姿の美しさ。背筋が伸び、すぅっと立った隙のない構えは、他では見ることのできない独特のものだと思います。

次に、気をみなぎらせて相手と対峙するときの、張り詰めたような間。相手との距離を詰めたり離れたりしてせめぎあうとき、目を離せない緊張感があります。

そして打突の瞬間。静から動に一瞬にして変化するその動きの速さもそうですが、打突部を見事に捉えたときの技の冴えには、思わず唸ってしまいます。

また、1本を取っても小躍りしたりガッツポーズをしたりすることもなく、試合が終わった後はただただ静かに、相手に対する感謝の気持ちをこめた礼をするところも、どのスポーツとも異なる雰囲気を醸し出します。

私が上記のように感じていることもあり、こどもたちには「剣道は最も美しいスポーツだよ」と常日頃から言っていますし、それだからこそ、礼儀作法も立ち居振る舞いも、ぞんざいにしてはならないと教えています。

気持ちがだれれば体もだれてしまいます。暑い時でも寒い時でも、少なくとも気だけは負けずに、充実した稽古を心掛けたいものです。

あと数日でこどもたちの夏休みが始まります。

当剣友会は例年、8月いっぱい定例稽古は休止し、自主稽古としていますので、その前に行われる稽古はあと3回となりました。

今年はまだ猛暑日が少ないですが、それでも30℃前後にはなりますので、しっかり水分を摂り、気持ちだけは負けないようにして、稽古に励みましょう。

サイト管理人 2016-06-06 22:01

梅雨がやってきました。5月は比較的からっとして気持ちのいい日が多かったのですが、これからの1ヶ月ちょっとは、むしむしとした日が多くなるのだろうと思います。

さて、ここ数週間、私は剣道具をつけ始めた子たちの指導をしています。剣道具をつけ始めてから普通に基本稽古に参加できるようになるまでの間は、子どもたちのやる気と、お父さん、お母さんの根気が必要になります。垂や胴はともかくも、稽古のときの指導だけで面手ぬぐいや面をひとりでつけられるようにするのは難しいため、家庭での地道な反復練習をしてもらう必要があるのですが、ここでけっこう「できる」子と「できない」子の差が出てきます。

小学1,2年生くらいだと、面をしっかりつけるのはまだまだ難しいことだと思います。しかし、はじめからあきらめていては、できるようになりません。
最も重要なのは、親の忍耐です。子どもはどうしても親に頼ってしまうのですが、手を出さずに一人でやらせ、できるように導くことで、どんどん自立していきます。
一生懸命やっているなら、できないことを怒るのはご法度。少しでもできたら褒めてあげ、逆にやりもしないで「できない」と言って甘える子は、叱って突き放すことが重要です。
少し緩い状態であろうが、とにかく自分で面をつけてみる。その結果を確認し、褒めるべきところは褒め、どこを直すといいのかを丁寧に教える。それを繰り返しているうちに、うまくつけられるようになるはずです。

私の場合、稽古のときの面つけに手を貸すのは2回程度までで、それ以降は自分でつけられなければ「家で練習して来い」とひとこと言い、稽古に参加させずにしばらく放っておきます。稽古に参加できないことに焦りやくやしさを感じれば、家に帰ってから少しでも練習するだろうし、できるようになることで、嬉しさも感じるだろうと思っているからです。
子どもたちは厳しいと感じるかもしれませんが、それが私ができる、子どもたちの自立への手助けだと思います。

来月中旬には夏合宿があります。面つけを始めた子たちが、それまでに自分の力でつけられるようになっていることを期待しています。

サイト管理人 2016-04-17 22:35

忙しさにかまけている間に、4月もなかばを過ぎました。新入生も新社会人も、だいぶ落ち着いてきたのではないかと思います。

春先の眠たさからもようやく解放されましたし、花粉症も、だいぶ収まってきています。初夏に向けて気温も上がってきていますね。

さて、当剣友会では最上級生が稽古の際のランニング、体操、素振りなどを主導し、大きな掛け声をかけて皆を引っ張ります。昨年は6年生が6人いましたので、皆で役割を分担してこなすのも楽でしたが、今年は2人だけですので、昨年に比べて責任も重く、やらねばいけないことも多くなります。

リーダーシップをとるということは、実際にやってみるとなかなか難しいものです。リーダーが模範を示さなければ、皆がたるみます。特にいけないのは、ばかにされてしまうこと。まごまごしながらやっていると、皆がついてこなくなってしまいます。

人を引っ張る、人を動かすというときに、最も大事なのは一生懸命さだと私は思います。剣道がうまい、下手はそれほど重要なことではありません。大きな声を一生懸命出す、先生に言われたことを率先して、全力でやってみる・・・。そういった真面目に取り組んでいる姿を見せれば、必ず皆に伝わるものです。そして困ったときにもひとり、ふたりと協力し、盛り上げてくれるようになると思います。

今は昔のように、学年を超えて広場で遊ぶなどということもなく、上級生が下級生を引っ張っていく機会が減りました。そういった中ではまたとない、いい経験ができると思います。

自分なりに工夫して、稽古を盛り上げていってくださいね。

 

サイト管理人 2016-02-27 20:04

新年が明けてから、欠席率が高くなっています。冬場は心持ち欠席率が上がりますが、今年は例年よりも少し人数が多いように思います。
特定の子たちに休みが多いところから見て、インフルエンザ等の病気が原因ではありません。何かしらの「心」の問題で、小学3-5年くらいの、情緒が不安定な時期に多く見られる現象です。
一体何が影響を与えているのでしょうか。

こども達のやる気に影響を与える要素としては、
・気候(暑すぎる、寒すぎる)
・体調
・その場の雰囲気
・先生や友達との関係
・親や家族との会話
・自分自身への(うまくいかないことでの)自信の喪失
などが挙げられますが、当然のことながら、ひとりひとりその理由は違います。

はじめは「寒いし、ちょっと面倒」くらいの理由で休む子もいるでしょう。でも一旦休み始めると、稽古に出てくるきっかけを失ってしまうことも少なくないように思います。親が何を言おうと抵抗をするようになると、悪循環の始まりです。親も言わなくてもいいことを言ってみたり、こどももそれにつられて思ってもいないことを言ってみたりと、だんだん深みにはまっていくこともあるでしょう。

このようなことの解決に役立てばと、当剣友会では「お休みメール」を数年前から始めています。
このメールの役割は、休むことを先生方に知らせていただくということよりは、むしろこどもたちに自分が休むことの理由を言わせ、それに対して自分なりに責任を持たせることを目的としています。
こどもが休みたいと言っているときに、少し説得してみて、それでもだめなら「じゃあ今日は休みの連絡をしておこう。先生方に何と説明すればいい?」と、お母さんからこどもに聞いてもらいます。次の週、また休むと言い始めたときにも、また「じゃあ、また休みの連絡をするけど、今日は先生に何と説明しておけばいい?」とやさしく話せば、少しは「まずいな」という気持ちが表われるのではないか、と期待しています。

お母さん方には、それでもこどもたちが駄駄をこねるようになったときには、我々に連絡してくれれば、いつでも迎えに行くよと言っています。実際何度か迎えに行ったことがありますが、我々が迎えに行くと、ほぼ素直にそれに従ってくれます。稽古が終わる頃には以前と同じように楽しそうにしていることが多く、また稽古に来るきっかけを作れます。こういったとき、第三者の介在はそれなり意味があるのでしょうね。

私達にできることはそれほど多くありませんが、できるだけ長く続けられるよう、我々もお手伝いできるところはしようと思っています。
「そういえば、君は駄駄をこねて大変だったなぁ。」などど、こどもたちが大きくなり稽古に参加してくれたときに笑って話せるようになれば、我々も嬉しく思います。

サイト管理人 2016-01-11 10:34

新年が明け、10日が過ぎました。遅ればせながらではありますが、本年もよろしくお願い申し上げます。

昨日は当剣友会の稽古始め。小さい子たちにとっては、泣きたくなるような床の冷たさでしたが、寒い中皆元気に稽古に励みました。激しく動け、すがすがしい気分で稽古を終えることができるこの時期、しっかりと体を鍛えたいものです。

さて、正月に今年の目標を決めた人も多いと思いますが、剣道における皆さんの目標は如何に??
勉学でもスポーツでもそうですが、簡単に目標をクリアできるなどということはなく、不断の努力が必要です。その努力をやり切るかどうかで、結果はかなり違ってきます。
今日やることを疎かにすれば、それが積もり積もって1年では大きな差になります。毎日わずか1分でも、1年で365分。つまり6時間もの長さになります。とはいえ、この1分の積み重ねさえもけっこう大変なことで、わかっていてもなかなかできないものです。それが人間の弱さでもあります。かく言う私も、どれだけ時間を無駄にしてきたかを考えると、偉そうなことは言えませんが・・・。
時間の「質」も大事です。今やることに集中し、凝縮された時間を過ごすのと、漫然と過ごすのとでは、これまた大きな違いになります。
剣道の稽古中に金田先生をはじめ各先生方が「考えて工夫しろ」とよく言いますが、それをやっていると2時間の稽古でも長く感じるものです。また、柔軟体操にしろ素振りにしろ、しっかりとやろうとすれば結構体をいじめることになり、続けていれば自然に体力も付きます。一歩踏み込んだ思い巡らしができると、より一層有意義な時間が過ごせます。

大きな目標を掲げ、それに向かって努力できることは素晴らしいことです。しかし、小さな目標であれ「やり切る」ことができれば、かなりの成果が上がります。なかなか目標が決まらないなぁ、という人は、むしろ1日1日続けていけることを掲げ、自分の弱い心に克つことを目標にしては如何でしょうか。
継続する力をつけることは、恐らくこれから先の人生で、とても大きな財産になるはずです。

「継続は力なり。」

いつまで経っても、何歳になっても、このことは普遍です。

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